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zoom RSS 大友皇子を想う 宇佐八幡宮 近江神宮 福王子神社 黒主神社 〜 京都125 その3

<<   作成日時 : 2018/05/14 00:15   >>

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大友皇子を想う 早尾神社 山上不動堂 千石岩 〜 京都125 その2 からの続きです

11:05 宇佐八幡宮の遥拝所
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11:08 参道入り口。ここから300mとあります
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参道途中の、御足形。源頼義公の遺構です
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11:14 結界の入口
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すぐ先に、金殿井があります。柄杓が無いので水があるか分かりませんでした
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11:18 本殿に到着
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本殿にはつがいの神鳩が奉納されていました
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三宅八幡宮を思い出しました。過去記事は → こちら

11:34 近江神宮に到着。天智天皇が祭神です
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小倉百人一首の第1首目の歌を詠んだ天智天皇にちなみ、競技かるたのチャンピオンを決める名人位・クイーン位決定戦が毎年1月に行われています
映画ちはやふるの聖地になっています
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天智天皇が日本で初めて水時計を設置した歴史から境内には日時計が設けてあります 天智天皇陵の参道入り口にある日時計は → こちら
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大安のため結婚式が行われていました
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福王子神社を目指します。途中バイパス脇に何かを発見しました
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陸橋を渡ると、榿木原遺跡の看板があります
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12:00 福王子神社に到着
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祭神が紀貫之です。比叡山の中腹に墓所があります
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竃があります
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黒主神社に向かう途中には福王子古墳群があります
残っているのは、どれも破壊が著しいく天井石が1枚かろうじて残っている石室がありました
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12:05 黒主神社に到着。大伴神社とも言われています。祭神は大伴黒主
祇園祭の後祭の山鉾の一つである、黒主山は古今和歌集の「六歌仙」に数えられる歌人、大伴黒主とされる像が御神体。謡曲「志賀」を題材に、満開の桜を見上げる様子を模したと伝わっています
祇園祭後祭の日中の宵山の記事は → こちら
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ここにも竃がありました
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東笠取清瀧宮にもありました。過去記事は → こちら
宇治川餅屋さんがありました。宇治にもある茶だんご屋さんの大津京店です
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大津京駅に戻る途中で近江大津宮錦織遺跡を見て回りました
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帰りの奈良線の桃山駅から見える、以前から気になっていた使われていない駅舎は今年3月に「御陵口」改札という事が分かりました
過去記事は → こちら
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その1は → こちら
その2は → こちら


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
大友皇子遺跡巡りへの
せきあさんの熱い情熱を感じました。
滋賀県出身ながら皇子関連の話は全く
知らずに来た私ですが 先週の
せきあさんの予告記事を読んで
ふと思ったことがあったのです。
それは滋賀県のスポーツ施設のメッカである
「皇子山(おうじやま)」という地名です。
調べるとこの地名はやはり大友皇子に由来
していると知り 大変興味深かったです。
せきあさんの記事がきっかけで知る
ことができました。 ご存じのように
4月から京阪石坂線の4つの駅名が
改名され 利便性を第一に考えられた
新駅名を残念に思っていた私でした。
「皇子山」の駅名も消えてしまい
一滋賀県人としては とても残念です。

京に近い滋賀県には ひっそりと埋もれた
ままの古代からの遺跡が数多く存在して
いると思うので 滋賀県人も
知らなかった、気づかなかった
せきあさんの近江歴史探訪シリーズ
楽しみにしています。

京都洛北の瑠璃光院には
皇位を争った大海人皇子ゆかりの
「かま風呂」があるそうですね。



カワセミ
2018/05/14 20:01
カワセミさん
滋賀県民の方に褒められてしまいました
よく言う事ですが地元の方は当たり前となっていてなかなか気づかないのですよ
よそ者が興味を持って辿ってみただけです
でも日本の大元は渡来人の力だったんだと改めて認識できました
大友皇子は謎が深まりましたが学者達も色々な学説が出る件なので現在目で見える事実を実際に確認出来るのも面白いと思い巡っています
近江歴史探訪シリーズと期待は小さくしてくださいね
次回は、志賀越道の踏破として滋賀里から荒神橋まで巡ろうと思っています
せきあ
2018/05/15 08:12

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